2013年12月3日火曜日

原発ホワイトアウト

 現役の官僚が原発について書いたという「原発ホワイトアウト」という小説が巷で評判になっている。ホワイトアウトというのは白色の修正液(固有名詞)である。つまり、間違った字句を修正し、その上に書き換えることを可能にしてくれるものである。テレビ番組の説明では、著者は原発に関する情報を入手できる人で、自分の知る情報または同僚から入手した情報に基づいて書き上げた小説であるそうで、いかに原発を巡る情報が恣意的に歪曲されているかを示すものだそうである。そう聞くと、これは買って読まなければならないかなと気になるが、同時に、今の経済界、政界、官界の動きを追っていると「さもありなん」という気になる。結局、我々は誰でもきれいごとを並べて自己主張するが、その主目的は自分の、または、自分の属している団体の擁護であり、権益の擁護である。そのために、知られたくない情報はできる限り隠匿し、発表しなければならない情報にはホワイトアウトを使用する。同時に、国民には、「政府」の発表は信用できる、「お上」は頼りになるという印象を植え付ける努力は怠らない。国民の大半は、少なくとも今までは、国家や国民に関する問題について考えることはお上に任せてきた。でも、ここにきて、教育委員会といじめの問題、都知事の返答、ミノモンタの降板や諸外国での指導者たちが抹殺されている情報などに次から次に接しているとお上の発表は簡単に鵜呑みにはできないという気になっている。この問題にはあちこちで「ひび」が入り始めているようである。お人よしの日本人もだんだんに目覚めてきているような気がする。

 そこに持ってきて「特定秘密保護法案」が衆議院で採択された。これは国防や軍備に関する情報の保護だというが、戦争中の日本における言論統制を思い返すと、また、世界各国で行われている様々な報道管制やそのやり方を見ると、背筋が寒くなる。このような法律が成立する時点では、いかにも無害に見えるが、時間が経つにつれて法律の字句が拡大解釈されて息苦しい社会になるのが恐ろしい。そうならない様にするのには国民の一人ひとりが意識を高め、基本的人権を守るという覚悟が必要だ。

 大人たちが自分の将来をお上に託して目先の「収入」に気を奪われるのは、自分の責任においてすればよいのだが、心配なのは、今福島原発の後遺症として頑是ない子どもたちが内部被曝または胎内被曝に曝されているということだ。聞くところによると、福島あたりでは奇形の植物や昆虫、動物が頻繁に目につくということだ。これらに関する報道が少ないのはもちろんだが、放射能が胎児や幼児に対して脅威であるという報道になるとそれは皆無である。地方自治体も避難した人たちの帰還を促進するのには急だが、子どもたちの健康を保障する、安全を守るという手段については寡黙であるようだ。

 政府は経済活性化のために原発再稼働を推進しているが、廃棄物処理の方法を明示できない限り、また、放射能による内部被曝、胎内被曝の問題を解決できない限り、再稼働は無責任と断言できる。今や、私たちは、子どもの将来を守るため、彼らの健康のために、小泉元首相の「原発ゼロ」に同調し、日本国民の健康のために立ち上がり、声をあげるべきではなかろうか?

みなさんのご意見はいかがなものだろうか?お金のために原発再稼働を容認するか、それとも、少しは自分の生活程度を落としてでも子どもたちの健康や将来のために「原発ゼロ」運動を小泉さんとともに推進するべきだろうか?
これは大変に重要な問題であるのでここはよく考えて頂き、日本と子どもたちの将来のために手を打つようお願いしたい。

2013年11月17日日曜日

虚偽表示


 日本人の金儲けに対する執着がこんなにあるのかと、改めて思い知らされたのは最近の「虚偽・不当表示」に関する報道によってだ。殆どの関係者は口を揃えて「騙すつもりはなかった」といっている。当人たちは何とでも言える。やりきれないのは、無邪気に騙されて高い料金を払わされている消費者だ。なんとしても恐ろしいのは、みんな嘘をつくのが日常茶飯事になっているということだろう。昔から、官僚は自分たちに都合の悪いことは言わないということはよく知られている。政治家の話はどこまで信じて良いのかわからない。今度は経済に従事する人たちだ。一流のホテル、百貨店、レストラン、おまけに楽天だとかJR北海道など加えると、嘘を言わない人の数はごく少数ということになる。これでは、国際社会で日本人は「嘘つき人種」とレッテルを貼られてしまうだろう。

悲しいのはこれが「日本文化」だとすると、日本に将来はないと結論付ける人が圧倒的になるだろうということだ。誰も信じられない、自分も信じられなくなる。日本の将来も信じられない。「正直の頭に神宿る」とか「朋友相信じ・・・」などは死語になり、他人を騙すことが日常茶飯事になってしましい、後に残るのは砂漠のような荒んだ心だけだ。これでいいのだろうか?良いはずはないよね。

良くないとすれば、何をすれば良いのだろう。先ず、科学万能で、目に見えることのみ信ずるという現在の「教育」のあり方を根本的に変える必要があろう。そのためには、文部科学省の人づくり教育を徹底的に洗い直す必要があろう。人の親は今までの「神」不在の子育ても見直さねばなるまい。宗教家をもって任ずる人たちは「重大な局面を迎えた」とて立ち上がるべきだ。庶民は、グローバル経済に振り回されている自分たちの生活を、「金ではなく」、愛と信頼に基づいたものへと変換させていかねばならない。先ず、経済発展のためにはエネルギー確保だ、そのためには原発も推進しよう、化石燃料も確保しようという方針は改めるべきではなかろうか。これを続けていれば大気温暖化・異常気象はどんどんと進むし,子どもたちの将来の安全を保証することもできなくなる上に、我々の騙し合いにも拍車がかかってくるだろう。

とはいっても、政治家は経済発展一本槍だろうし、役人は簡単には動くまい。日本を良い方向に変えるためには、各家庭がそれぞれ愛と信頼に基づいた子育てを実践するしかない。そのためには、お母さん方の自覚と想念転換を祈るしかない。女性がその気になれば世間は変わる,子どもたちも立派に育つ。国際社会における日本に対する信頼性もましてくる。

女性よ、お母さま方よ、頑張れ!日本の将来はあなた方が握っている。

2013年11月4日月曜日

人生とは


 「人生とは遠き山に登るが如し」と昔の人は言った。目的地に到達するまでには一歩々々歩み、様々な経験を積まねばならない。楽しいこともある、苦しいこともある。絶望することもあるだろう。今の世の中では、ともすると、良いことなんて一つもない、私は不運だ、俺は駄目なんだ、世界の終焉も近い、というような否定的な考え方に取りつかれてしまいがちになる。

何なのだろう、人生とは? それは毎日の出来事を個人的に経験することに他ならない。その毎日の出来事を肯定的に捉えるのか、否定的に捉えるのか、または、あるがままに受け止めるのか、それとも、自分の思う通りにさせようかと思うことによって、個人の人生に対する反応は随分と違ってくる。例えば、個人的には耐えきれないと思うような経験でも、それは「将来への教訓」と受け止め、その教訓を生かし、将来へのジャンプ台と解釈すれば、そう悲しむこともないだろう。更に、失恋だって、本人がもうこの世の終わりだと思い込むだけで、まさに執着に振り回されているに過ぎないのではなかろうか。神様から「あなたにはもっと素晴らしい人が別にいるよ」とささやかれているのかもしれない。

私達は不完全な世の中に、不完全な人たちに取り囲まれて生活している。そのため、私たちが経験することは殆どが「傷もの」である。この世の中には完全無欠のものも完璧な人間も存在しない。だから、何を経験しようと、焦れたり、怒ったり、がっかりしないことが肝要だ。すべてをあるがままに受け止め、受け入れよう。要は、私たちが、自分の規範に則って人間は、「かくあるべきだ」と決めつけず、他人を裁かず、みんな違う価値観や行動規範を持ち、自分や自分たちの利益を守っているのだと理解すればよいということだ。他の人はみんな自分以外の人を裁き、決めつけていると理解すればよいのだ。自分の経験を教訓にして、それをバネにすれば良いのだ。そうすると飄然と生きることができるようになる。

いやな経験でも、それは瞬時に過ぎ去っていく。それに囚われないことだ。囚われると、目先の問題に振り回され、自己否定をし、ウツになりがちだ。世の中に永遠に続くものはない。楽しいこと、いやと思われること、すべてが瞬時に起こり過ぎ去っていく。そういう精神的、肉体的な経験がすべて瞬間的であり、それらを経験しているのだと認識すればよいのだ。それ故、人生というのは瞬間的な経験の連続であり、その経験をどう活かしていくかにかかっていると言えよう。あなたの人生とはあなたが経験するものをどういう風に受け止め、それをどういう風に自分の人生の夢を実現するために応用するかにかかっている。

自分の利益実現のみに専心し、他の人の考え方や価値観を排除する生き方と、他の人々との共存共栄を考え、周りのすべてのものや生物に思いやりをかける生き方の間には大きな差がある。更に自分は「生かされている」と認識し、すべてに感謝し、謙虚に生きようとすれば、そこには、ウツが入り込む隙間はない。結局は、人生とはあなたがどのような解釈と判断を下し、いかにして自分の経験から得た教訓を「自分の人生の目的」達成のために使うかにかかっているといえよう。

さあ、あなたはどのような目的と生き方を選ぶのかな?

2013年10月20日日曜日

国際ガールズ・デー


1011日は「国際ガールズ・デー」でした。国連事務総長はメッセージを発表し、「女児のエンパワーメントを図り、その権利を保障し、女児が受けている差別と暴力に取り組むことは、人類全体の進歩に欠かせません。女児が当然受けるべき教育を提供することは、こうした目標すべてを達成する最善の方法の一つです」と述べています。

全くその通りで、世界から暴力や偏見、差別を取り除こうと思ったら、人類は先ず世界中の女児が何の心配もなく教育を受けられるように図らなければなりません。先ず初等教育、次いで中高教育、そして大学レベルの教育と、現在みられる男女間の教育に関する差別を除去し、知識の習得だけではなく、ありとあらゆる「いのち」に対する思いやりや愛すること、助け合うことなどを特に女性に習得してもらうことが必須です。女性の本質、つまり、母性本能は、「愛すること」=「恕す(ゆるす)こと」に他なりません。つまり、この「恕す」という字が示すように、女性の本来持っている思いやりの心と優しい言葉は世界平和達成には欠くことのできない要素なのです。教育はそれを自分だけのためでなく、ほかの人々や生きとし生けるのものにも及ぼすように教えてくれます。

昔から言われているように、「男性に教育を与えても、成果はその男性に限られるが、女性の場合は、それが家族、自分の子どもたち、地域社会全体に及ぶ」のですから、女児が教育を受けければ、男性に比べて、その成果は、そして、世界平和への寄与は数十倍となります。

パキスタンのマララさん(16歳)が今年のノーベル平和賞の候補として取りざたされ、惜しくも受賞を逃しました。女性の教育推進の立場からすると残念です。でも、マララさんがかって国連でのスピーチで述べたように、「教育は武器よりずっと強力」なことは明らかです。特に、女児に対する教育は。

各国政府は男女の差別のない教育普及を誓っていますが、いろいろな文化や伝統の中では、それは簡単には実現できていないのが現実です。初頭教育に関しては、MDG目標のもとかなり進展を見せましたが、中高校教育や大学教育では心さみしい限りです。途上国政府任せや男性任せでは世界平和の樹立はほど遠いものです。皆さん、世界の女児に対する教育支援を盛り立てましょう。世界で一番教育の普及している日本、私たちの声を国際社会に届けましょう。積極的に女性の教育のために募金し、努力しましょう。

私たちNPO 2050も途上国の女児支援を世界平和確立のための三本の柱の一つにして活躍中です。私たちの経験でも、女児教育の成果は立証済みです。皆様のますますのご支援とご鞭撻を心からお願いする次第です。

2013年10月9日水曜日

9月講演会の報告


「どうすれば内部被爆を避けられるのか」という題で、
フリージャーナリストの守田氏をお招きしてお話をいただきました。
 いつもと比べて会員以外の参加者の割合が高かった今回、2050会員は放射能問題に対する興味がないのかなぁ、という私の心配から始まった会でした。
 東日本大震災と福島原発事故からはや2年半。東北での復興が進み、関東では多くの人が「普通の」暮らしに戻り、東京都内及びその近郊での暮らしには今や支障が出るような影響がないように見えますが、実は、生命に関わる深刻な問題が引き続き発生し続けており、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えたまま問題は更に悪化しているということです。それにも関わらず、私たちは、情報操作され危険な状態を知らされないような環境で生活しています。ひとりひとりが自ら正しい情報と知識を手に入れなければ、遅かれ早かれ、取り返しのつかない事態が、全員に起きかねない、という状態です。

 講演内容は放射能と放射線の構造、広島・長崎原爆から続く放射能問題と政治的・国際的な背景、福島の現状、健康被害、原発の現状、東京及び近郊での放射能および汚染水の現状、東京オリンピック決定の影響、今後気にしていかなければいけないこと、食と健康について・・・など本当に多岐にわたり、内部被爆について考えることが生活スタイルそのものに関わっている、ということを知る充実の2時間でした。

一部ですが内容をご紹介します。
 放射能は、風の通り道に沿って拡散します。よって、地盤がしっかりした土地に敷設される鉄道のルートと放射能が飛散ルートはほぼ一致しているのだそうです。福島原発から何キロ圏内/圏外、という地理的な数値は目安にならないので「福島から200㎞以上も離れているから安全」などということは全くない、実際に、今も、東京は安全ではない、ということを前提にする必要があります。

  移動してきた「放射能」から「放射線」が放たれて身体に影響を及ぼします。放射線は光源のようなものなので、光が暗くなる距離まで光源から離れればいい、体に触れなければいい。しかし、放射線を発する放射能を体に取り入れてしまうのが恐い。放射線を発する放射能が体に入ってくるのが内部被爆です。

 体に取り入れられ、体内に放射能汚染を及ぼす内部被爆では、外見からはその影響が見えません。ただし、影響を及ぼしうる対象は、私たちの体内のありとあらゆる臓器・筋肉・細胞・DNAです。脳内の海馬に影響しやすいため認知症になるかもしれない、心筋に入り込めば心筋梗塞になるかもしれない。。。風邪が治りにくい、ものもらいが何週間も治らない、原因のわからない内出血がずっと消えない・・・こんな影響が実際に起こるかもしれず、実際に起こっているのです。マスクをしたり手洗い、うがいを徹底することが、誰でもでき、効果が期待できることだそうです。免疫力を向上させ、体の異変に敏感でいることが、自分を守る方法なのです。

 風に乗ってやってくる放射能汚染問題だけではなく、今や汚染水問題が非常に深刻です。原発事故によって発覚した構造上・建設されている立地上の問題もあり、地下水の流れに乗って流出している汚染水は、原発事故直後から流出し続けていると考えられています。今でも推定400トンの汚染水が海に流出しているのです。人も機械も入り込めないほどの高濃度放射能を発する現場で、何が起こっているのか誰も知る余地もなく、解決の目途もたたず・・・

今年の4月の時点の報道によれば首都圏河川の放射性物質は基準値の1420倍。今でも汚染水の水がめ状態であると危惧されます。

東京オリンピック開催が決定した今、東京が安全である「必要」が出来てしまいました。爆発寸前の爆弾を抱えたまま、被害が深刻化する危険を抱えたまま、汚染の実態や被害の実態が表に出ない可能性が高くなるそうです。確かに、政治的背景を考えれば想像に難くないのが本当に恐ろしい・・・

  被爆の可能性・実態を放置する、隠す・・・これは大げさではなく、貧困や飢餓、教育機会損失と同じレベルでの構造的暴力であり、人権に関わる問題だとのこと。本当にその通りだと思います。命と人権と環境のために、今できることを何か始めたい、そんな気持ちが強くなる内容でした。

 
「どうすれば内部被爆を避けられるのか」

 
 今回の講演でいただいた答えは、「目をそらさずに真実を追い続けること」 です。

まずは、私たちが置かれている状況を知らなければいけません。

のんびりしたのでは、操作された情報しか入ってこないような環境ならなおさらです。

 
「放射能」「セシウム」・・・という言葉に敏感になる

新聞を読み比べる、情報をしっかりと発信する報道を選ぶ

 (守田氏の感触では、東京新聞が細やかな報道を行っているとのこと)

情報の出所を気にしながらニュースを追う

手洗いうがいを徹底する、マスクをつける

病気に対する知識をつけ、体の異常に敏感になる

免疫力をつけるために体に良い生活スタイルを心がける

知識をつけ、大事な人たちと情報を共有する

家族や友人と避難場所、経路を決める、いざという時の話をする

原発について考え、意思を持つ

関連する活動に参加する、あるいは、活動している人を支援する

・・・・

全て、今できること、2050に関わる全ての方に実践していただきたいことです。

 

守田氏ブログ 「明日に向けて」http://toshikyoto.com/

 ぜひ定期的にご覧ください。

 原発、放射能に関する有益な情報と意見がここにあります。

 

関西を中心に活動されている守田氏ですが、

また2050のために上京してくださる、とおっしゃってくださいました。

次回の機会には、更に多くの皆様のご参加をお待ちしています。

 

引き続き、NPO2050のご支援を宜しくお願いいたします。

 

2013年9月23日月曜日

国際平和デー

国際平和デー             
  9月21日は国連が総会決議(55/282)により、非暴力と停戦の日として「国際平
和デー」と定めたものです。従って、この日だけは、世界の人々が恒久的な世界平和を
実現できないまでも、少なくとも、「平和」を求め、「平和」を祈り、平和な心を持つ
よう呼びかけるものです。

  この日には、国際連合本部では日本の「平和の鐘」が鳴らされます。この鐘は鋳造
当時の加盟国すべての国々の子どもから集められたコインが融かしこまれているもの
で、日本の国会から送られたものです。

  今年から、岐阜県高山市では、この「国際平和デー」に、その意義を少しでも多くの
方々に知っていただくため、さらに、改めて平和について考え、「一人でも多くの方々
に平和への願いと感謝の気持ちが浸透し、その思いが未来に引き継がれることを目指して」、
市内のあらゆる寺院、教会など鐘を9月21日(土)の正午に一斉に鳴らして、国連での
鐘を鳴ら
して平和を希求する行事に呼応します。

  シリア、エジプトを始め、世界中で真に平和な国や地域はありません。何かしらの
流血や惨事が起きています。それは一部の人々が自分たちの権力や権益を守るため、暴
力に訴えて他の人々を排除し、抹殺するために起こるのです。軍隊が動員され、軍備が
拡張され、様々な活動が「正当化」され、紛争や戦争に拡大していきます。被害者は、
闘争に明け暮れている当事者や兵士たちというより、一般市民です。女性と子どもたち
です。兵隊たちはそう簡単には死にません。罪もない、逃げることもままならない市民
が犠牲になるのです。こんな悲劇があるでしょうか?

  どうしたら、平和がもたらされるのでしょうか?どうしようもないと肩をすくめるだ
けですか?どうしたら人の命が損なわれずに済むのでしょうか?平和を実現するために
は、祈るほかに、私たち一人ひとりが行動を起こすことです。
先ず、子どもたちに「愛すること」を教えましょう。
 「助け合うこと」を教えましょう。
  何としても、気の毒な人々に憐みの心を持つこと、手を差し伸べることを教えましょう。
  自分のことだけではなく、世界の現状に「関心」を持つことを教えましょう。
  その次には、世界のすべての人々が少なくとも初等教育が受けられるよう自分の出費を
  削ってでも献金しましょう。
  世界中の女性が人間らしく扱われ、立派な母親になれるよう支援しましょう。
  世界中の子どもが健康でまともな人間として成長できるよう国際機関やNPOを通じて支援
  しましょう。

  やれば出来るんです。問題は、今までのように人任せにせず、自分で平和のための
行動を起こすことです。地球環境を保全するために手を貸してください。子どもたちに
教育を与えるために晩酌をちょっと少なくしてください。ジェンダー平等を実現するた
めにフェアート
レードを推進しましょう。やること、やれることはいくらでもあります。

  声をあげましよう。わずかでも良いから世界平和のために募金しましょう。
時間とエネルギーのある方は途上国に出かけていきましょう。現実はどんなものか見に
行きましょう。私たちの一人ひとりがその気になれば何でもできます。出来ないのは
関心がないからです。世界平和とは、地球の一人ひとりが「いのち」を大切にするため
に思いやりを持ち、手を貸すことです。
 9月21日に当たり、世界が少しでも平和になるよう皆で祈りましょう。

2013年9月9日月曜日

二百十日


 今年も二百十日がやってきた。のろのろ台風を従えてやってきた。そして日本中に様々な災害をもたらし、人命・財産を脅かした。近年は異常な暑さ、豪雨、竜巻、水害や土砂崩れなどが恒常化し、日常茶飯事になってしまった。日本列島は熱帯の国に変わってしまったかと思うほど今迄の季節感の通用しない国になってしまった。以前に比べて、大気の温度も海水の温度も上昇し、沖縄あたりではサンゴが死滅し始めている。採れる魚も暖流に乗ってやってくる種類のものが多くなり、漁師や業者を慌てさせるようになっている。何にもまして、最近では「異常気象」が平常となり、人命や財産がどんどんと失われるのが目立つようになっている。

 そこで、このような現象に対して政府が何か抜本的対策を講じて、やがて来るであろう未曽有の大惨事に備えているかというとその兆候はない。聞こえてくるのは、「景気回復」と大気汚染や温暖化上昇の原因は化石燃料の使い過ぎだから、原発は廃止できないという声のみである。国民は収入や職の確保、生活の利便さを求めて、化石燃料や原子力に頼らなくても済むエネルギー開発には気乗りがしないようにすらみえる。

 明らかなのは、このような異常気象の原因はすべて私たちが作り出したものであるということだ。大気温暖化を防止しようと思えば化石燃料から再生可能エネルギー源に切り替えなければならない。我々が生活程度を引き下げ、電力、ガスの使用量を減らし、自動車に対する依存度を減らさねばなるまい。でも、「わかっちゃいるけど止められない」というのが庶民の言い分だろう。いくら私たちが大気温暖化防止を叫んで中国の黄土高原で植林をしてもそれは焼け石に水という感じだ。しかしながら、私たちの見聞と経験では、黄土高原で30年間にわたって植林し、緑化が進んでいる地方では、気候が好転しているという事実だ。年間降雨量が400ミリで乾燥していた地方が今や青々とし、降雨量が着実に増えているということだ。

 指導者がその気になり、国民に行くべき道を示せば、不可能なことはない。問題は指導者たちに将来に対するビジョンがないことだ。指導者や当事者が隠蔽と欺瞞に明け暮れていれば迷惑をこうむるのは一般の市民であり、幼い子どもたちであり、外国で私たちの不作為の結果に直面させられる罪のない人々である。日本の指導者たちは目覚めるべきだ。国民も少し自分の頭で考えて、生活を変えるべきだ。

少なくとも、自分たちの未来に「関心」を持とう。毎日のように「命」に悪影響を与える問題ついて関心を持とう。そして、自分たちが作り出したこの「温暖化」から派生する様々な問題に関心を持ち、対応しよう。

2013年8月26日月曜日

覚えていますか、マララ・ユスフザイ(16歳)さんを



 

 

覚えていますか、マララさんを?

彼女は201210月にパキスタン北部で、「女の子のくせに学校に行っている」ということで、タリバンから銃撃を受け、重傷を負いましたが、九死に一生を得て、今や、「教育が世界平和にとって一番重要だ」と立ち上がりました。

今年の712日には国連本部で「ペンは剣より強し。世界のすべての子どもが教育を受けられるように」と演説し、世界の指導者に「世界中の子どもたちが無料で義務教育を受けられるように」と求め、「教育こそが貧困と無知をなくし、世界平和の唯一の解決策だ」と訴えました。

 全く彼女の言う通りです。昨年現在で、世界には貧しさのあまり、学校に行かせてもらえない子どもが5700万人いるそうです。世界中の人が誰でも義務教育を受け、人としての基本的人権を守り、人生の夢を追及できたら、なんと素敵でしょう。わずかなお金でそれが実現できるのです。

 女性の地位向上・ジェンダー平等に先ず必要なのは教育です。女性が社会に進出し、若い人たちが世界平和建設のために立ち上がるのに必要なのは教育です。マララさんの檄を受けて、私たちが行動する必要があります。経済大国日本は対外援助(ODA)を増額して教育の普及を計りましょう。もしあなたが世界平和を願うなら、その気持ちを政治家に届けましょう。ジェンダー平等を実現したいのら、声をあげましょう。そして、皆で、戦争のない、平和な社会建設に励みましょう。

2013年8月10日土曜日

8月という月


 日本人にとって、8月というのは特別な月である。先ず、日本が第二次世界大戦で降伏した月である。何にもまして、8月の6日は広島に原爆が落とされた日、9日は長崎に同様の悲劇が襲った日である。第二次大戦では数百万という人が人命を落とし、広島と長崎ではそれぞれたった一発の原爆で数十万の人命が奪われた。

それから毎年原爆の記念日には平和記念式典が催され、我々は「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」と犠牲者の冥福を祈り、世界の平和を誓ってきた。8月には旧盆がある。本当に、亡くなった人々の魂の安らぎを祈り、人類によって犯された戦争・殺人の愚かさを繰り返さぬための誓を新たにしているのだ。日本人は武力を放棄し、永世に平和国家として存続することを誓ったのだ。

悲しいことは、人間というのは非常に短い記憶力しか持っていない。そして、何かをするにしてもその動機というのはすべて「お金」に結びつき、すべて近視眼的に片づけようとする。それが取り返しのつかないことを繰り返し、繰り返し行い、結果はすべて「想定外」であったと言わしめている。

広島、長崎の大悲劇に加えて、一昨年の福島における原発の大事故がある。日本人というのは原子力による被害を受けるべくこの世に生を受けているであろうかとさえ思えてくる。爆発以来すでに2年半が経過しても、福島原発ではその後始末も禄にできていない。原子廃棄物の処理の仕方も分からず、ただ貯め込むのみであるうえに、汚染水がすでに太平洋に流れ出している。そうなると、日本は被害者のみではなく加害者でもあるのだ。

どうだろう、我々は事故が起きないように祈り、原発輸出を推進し、他の国の人々の安全を担保にお金儲けに明け暮れて良いのだろうか?日本経済のためにエネルギーを「安く」確保するという歌い文句で、危険極まりない、そして、一旦事故が起こったら全人類や子々孫々にまで悪影響を与える可能性のあるエネルギー開発法を国内で推進したり、開発途上国に売りつけたりして良いのだろうか?ここは皆で胸に手を当てて良く考えよう。核以外の安全な方法でエネルギーを確保する手段を我々はすでに持っている。自分の生活程度を向上させるとか収入を確保するために原発の再稼働を推進する前に、お盆を機会に、我々の子孫のために、世界のために、我々はどのような選択肢を行使すればよいのか考えてみよう。悔いを千載に残さぬようにしたいものである。

2013年7月29日月曜日

参議院選挙が終わった


 予想されたように自民党の圧勝に終わった。民主党の惨敗も予想通りだ。だが、国民の投票率はようやく50%をわずかに越えた程度だ。言い換えると国民の半数はアベノミクスが順調に経済活動を振興してくれることを期待し、あとの半分はすっかり白けて何も期待していないということだろう。参議院での「ねじれ」は解消した。これからは、自公の思うように政局が動くことになるだろう。願わくは、国民が今後あまり失望することのない、または、「想定外」だったなどということのない政策を実施していただきたいものである。

 日本の前途には難問が山積している。世界の環境問題、貧困の問題、男女間の不平等の問題、たまる一方の国債、急速な国民高齢化、消費税の増額、PTT、途上国から寄せられる信頼感の先細り、21世紀における国際貢献の在り方、エネルギー、水、食糧の確保、など数えだすときりがない。これに原発の再稼働や輸出の問題や憲法改正の問題が加えられる。

 我々の前途は決して明るくない。なぜなら、21世紀末を見据えてのビジョンも政策の発表もない、国民も政治家も目先の問題に振り回されている、あらゆる問題は先送りされ、根本的な解決策は示されない。何より遺憾なのは若い人たちの政治に対する無関心さだ。でも、これらはすべて我々が当然として受け入れている「生き方」に他ならない。すなわち、大きな問題はすべて「お上に任せ」、お上はお上で「愚民政策」に徹している。必要な情報は隠蔽されたり、発表は引き伸ばされたりで、国民は「なんだこれは」と口あんぐりすることが多い。国民の半数が政治に背を向けるのは当然だろう。望むらくは、総理大臣が50年、100年先の世界と日本の在り方を示すというリーダーシップを発揮することである。今や「ねじれ」も解消された。総理大臣が日本の歩むべき道を示すいい機会が訪れている。

 これからは、国民一人一人が自分たちの将来や運命に決定的な影響を与えるような問題に興味を持ち、取り組んでいかなければならない。自分の意見を持ち、それを発表し、討論していかなければ、日本は沈滞していくのみである。若い人たちに立ち上がってもらいたい。右や左の人たちに同意するのではなく、自分の考えを、意見を堂々と述べて欲しい。そして、一人一人が日本の将来に責任を持つというつもりで生活してほしい。

2013年7月14日日曜日

7月11日は世界人口デー


 国連は世界人口デーに先立って、2012年版の世界人口推計を発表した。それによると、2年前の予測より高いものとなっている。例えば、2年前の予測によれば、2050年の世界人口は930600万人になるとしていたのが、今回は955095万人となっている。毎年8200万人ずつ増える勘定だ。その増加の殆どは開発途上国で起こっているのだ。この調子で増えて行ったらこの地球は人類を養えるのだろうか?

 パン・ギムン国連事務総長は、この日、毎年1600万の十代の女性が出産しているが、彼女たちには教育はおろか家族計画や性教育が行き届いていないということを指摘している。必要なのは全女性に母子保健サービスを保障することが大切だと説いている。全くその通りで、我われは、地球の片隅で学校にも行かせてもらえず、必要な情報やサービスも与えられず、ひたすらに男性どもに押し付けられた運命を受けいれるのみの若い女性たちに救いの手を伸ばすべきではなかろうか。

 1日あとの12日には、パキスタン北部で昨年10月イスラム武装勢力に襲われ、頭部に重傷を負ったものの九死に一生を得たマララ・ユスフザイさんが(16歳)国連本部で演説し、「世界中の子どもみんなに無料の義務教育を与えてください」と訴え、参加者全員に多大な感銘と共感を与えた。まさに「その声や良し」で、世界中の若者、特に、女性に、漏れなく義務教育を受けさせることが世界平和を実現するための第一歩であると指摘した。これこそはNPO2050が第一に掲げる目標であり、忘れてはならない合言葉である。

 我々は日本というありがたい国で豊かさを満喫して生活している。そして国民と政治家の多くはひたすら金儲が大切だと考えている。世界人口がどんどん増加しているとか、途上国の女性のティーンエージャーの多くが人並みの扱いを受けていない、または初等教育も受けさせてもらえないなどということには無関心・無頓着だ。2050年になったら、わが子、わが孫たちに十分な食糧がいきわたらないだろうとか、世界では人並みの生活もすることのできない人が13億人近くいるということを知ったら、考え方や生活を変えるだろうか?そういう気の毒な人に救いの手を伸ばそうと考えるだろうか?

 国民一人一人が、国際公約に従って、ODAを国民総所得の0.7%まで増額することを容認し、世界で男女間の差別待遇を撤廃し、世の中に「正義」を全うしようと思えば、そして、そのための行動を起こせば、上記の問題などはいとも簡単に解決できる。そしてそのための費用などは世界の軍事費に比べれば、微々たるものだ。どうだろう皆さん、現状を座視し何もしないでいて良いのだろうか?それとも、わが子、わが孫たちの将来を少しでも明るいものにすべく、どんどんと発言し、行動を起こし、世界を少しでも良い方向に変える努力をすべきだろうか?すべてはあなたの考え方と行動にかかっている。

 参議院選挙も間もなく行われる。ここは良く将来のことを考えて、子や孫たちのために少しでも明るい世界を残すべく悔いの残らない決断をして欲しいと熱望する次第である。