2012年6月23日土曜日

いのち 3



 6月8日に野田首相は「国民の生活を守るために」原発の再稼働が必要であると発表した。そして、それは夏季に限定されず、中長期的に原発が維持されると明言した。その理由として再稼働が「国民生活を守る」上に必要であり、大飯原発の再稼働がないと「突発的な停電により病院などで生命の危険にさらされる人が出る」可能性を挙げ、そして、「福島を襲ったような地震、津波が起こっても、事故を防止できる対策と体制は整っている」と述べた。

 私は首相の論理、結論を素直に受け入れるのには大きな抵抗を感ずる。一つには「想定できる」事故に対する体制が整ったと言っているが、事故とは全て「想定外」ではなかろうか?国民生活を守ると言っているが、国民、特に福島県に住む子どもたちの「いのち」そのものに対する放射能対策は見えてこない。福島原発の事故から国民が学んだものは、事故が起こった場合の関係者たちの自己防衛本能が国民にたいする配慮をあと回しにしてしまうという傾向であった。首相の発表に見えるものは、現在の経済活動を維持するという決意であって、必要なエネルギーは主として原子力に頼るという主張である。原発の廃棄物をどう処理するのかとか、原子力発電の廃絶、安全な再生可能なエネルギーに転換するというような話は示されていない。これでは恰も現存する設備に頼って行こう、新しい安全な投資はしないということで、「すべて今まで通り」に他ならない。本当に国民の命や生活が心配なら、何故原子力廃棄物やCO2の心配をしなくても済む地熱発電や太陽熱発電、風力発電を本気になって推進しないのだろう?国民は節電をしてこの夏を乗り切る覚悟は出来ているのだが、政府は最も安易な方法でこの夏を迎え、国民の持つ真の心配には何ら応えないという態度である。

 現在から将来にわたって国民の健康と生命を脅かす「放射能」の脅威にどう対処するのだろうか?政治家には、その場しのぎではなく、百年の大計を持ち、国民と世界の将来のために長期的な視野に基づいて国を治めてもらいたいものである。政治家が「政治生命を賭けて」何かを推進すると言うのは簡単である。

 広島、長崎、福島と三度放射能を浴びた国民が何を考え、何を欲しているのか本当に分かっているのだろうか?国民投票を挙行して国民一人ひとりが何を欲しているのか政府は明確にすべきである。国民全員が同意出来る方法と政策を打ち出し、安全な、平和な社会を築くのが立派な政治家であろう。

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