2014年2月13日木曜日

大気超温熱化 3


 
世界中で文明が起こり、消えていきました。そしてそのどれを見ても文明の衰退は必然的に環境破壊によってもたらされるということが見て取れます。

中国を見てみましよう。昔は緑に覆われ、いくつもの王朝を作り出した黄土高原。今は不毛の砂漠となっています。私たちはかって黄土高原の玉門関にある昔の皇帝の巨大な穀物倉庫跡を訪ねたことがあります。そこには川が流れていたそうですが、今や巨大な土壁が残るのみです。何がこの荒廃をもたらしのでしょう。栄耀栄華の陰にある権力と富に対するむき出しの欲望、人命と自然の軽視と破壊、自然資源の使い果たしなどです。後に残されたのは貧困と迫り来る地球の終焉、つまり、水不足、砂漠化、黄砂、食料不足です。中国の人たちはこの状態を長年にわたって放置してきました。そして、今になってようやく環境修復に取り掛かろうとしています。

私たちはこの遺跡を見て、その雄大さにおどろくとともに、この状態を創り出した人心を座視していていいのだろうかという思いに取りつかれました。日本に影響はないのだろうか?わたしたちの子ども達の将来は安全なのだろうか?中国人は環境を守るために何をするのだろうか?などです。

もし世界が人口100人の村だったらと仮定すると、そのうち2人は日本人で、その2人が5人分の二酸化炭素を排出していると言われています。その100人によって排出されているCO2の32%は火力発電所や製油所から、31%は工場から、20%は車によって、9%は会社や病院や商店からで、5%は家庭、3%は廃棄物処理施設からの排出だそうです。そして、その排出されたCO2によって世界では1秒間に、テニスコート20面分のの森林がきえています。中国では1秒間に、畳48枚分、つまり、78m2の土地が砂漠になっています。それでも、そのようなことには関係ないというような顔で安楽な生活、スピード、(車中心の生活)を求める私たち。求めるのは手抜き、環境よりもお金、石油に頼る経済。代替燃料開発は遅れる一方。みんな自分さえ良ければそれでいいと言う考え方に固執し、目先だけの対応、「変化」に対する抵抗や疑念、解決先延ばし、経済(金儲け)優先が目立ちます。これら全てが大気温暖化を誘発し、悪化させています。

つまり、現在は生産も加工も販売も石油・化石燃料に大変に依存しています。でも、私たちが覚えておかなければならないのは、石油はやがて枯渇してしまうということです。石油が駄目なら石炭にしようというのは無責任です。必要なのは脱化石燃料という試みです。

2006年度現在、世界の発電量は毎時18.5兆キロワットで、この3分の2は化石燃料(40%が石炭、6%が石油、20%が天然ガス)、15%が原子力発電、16%が水力発電、2%余りが他の再生可能資源によるものです。石炭による発電が40%にも達し、電力消費に関しては火力発電によるCO2の排出は70%にも達するので、何としてでも、新たらしい火力発電所の建設は控えなければなりません。

それでは二酸化炭素を出さない原子力発電をという日本の政治家の意見にも同調できません。なぜならば、福島で経験しているように放射能の害があまりにも大きいからです。そして、私たちは有効な廃棄物処理法を持たず、世界中に放射能の恐怖と害をまき散らしているからです。

この世で一番大切なものは何でしょう?一度じっくりと考えてみましよう。お金ですか?金儲けの為の活動ですか?あなたの命、お子さんの命、健康が一番大切ではないでしょうか?もしそうであったら、今まで後生大事にしていた自分の価値観、思い込みを切り替えることが必要ではないのでしょうか?つまり、想念を180度転換するとことです。想念を変えるということは、生活を完全に変えるということ、生活水準を変えるということ。頭の中の運動ではありません。

大気温暖化防止などは政府のやる仕事だなどと簡単に片づけないで下さい。自分たちで創り出したこの大問題を解決しなければ、我々は遠からず自滅です。先ず周りの人たちとこの問題を討論し、出来ることを始めるべきではないのでしょうか?

そのためには先ず自分から変わる、皆で変わる、そして、改めるための行動を起こす必要があります。地方自治体と中央政府を突き動かしましょう。あなた方が黙っていれば、お役人は「事なかれ主義」で何もしません。

私たちが率先してやらなければならないのは、現在、僅か2%しか占めない代替エネルギーによる発電を精力的に増やすことです。太陽光、太陽熱、風力、地熱、海洋潮流循環、水素などの利用を推進することです。日本には技術があります。その気になれば資金は出て来ます。現在ないのは、国民、役人、政治家の「やる気」です。

生産には持続性と環境との共生を模索し、私たちの世代で限りある地球資源を使い尽くすことは許されるべきではありません。これからは化学肥料ではなく,有機農法の時代です。植林を世界中で行い、CO2吸収を促進させなければなりません。

私たちは先ず毎日の生活における4R(断る、減らす、再利用、リサイクル)を旨とし、電気、ガス、水などの節約を勧めましよう。自分の住んでいる場所で、学校、公の建物、家庭に太陽熱・太陽光発電と温水を導入するよう運動を始めましょう。自動車運転を50%以上減らしましょう。炭素税導入を推進しましよう。エコ グッズを買い、白熱灯(普通の電灯)をやめてLEDにしましょう。それから、難しいのですが、食生活を変える必要があります。肉類や魚類(特に養殖のもの)の摂取を大幅に減らして健康になる、工場で作った食品はなるたけ避け、無農薬で化学肥料を使わない野菜に切り替えることです。質素を旨とする。不便を苦にしない。

白熱灯をLEDに変え、信号機を発光ダイオードに変えるだけで、世界で照明に使われる電力を現在の19%から7%に減らすことが出来ます。これは、705もの火力発電所が不要になるということを意味するのです。因みに現在世界には2,370の火力発電所があります。更に、日本中の自動販売機を廃止するだけで、原発一基分の電力が節約できる、CO2の排出を少なくすることができるのです。自動販売機がなくなったら国民は生活に困窮をきたすでしょうか?

日本の首相は国際社会で世界を救う為に思い切った提言をしなければなりません。そして、他国に先駆けて日本がその提言を実行に移さなければ、誰もこの国を信用してくれないのです。過去20年近く、日本は世界のためにする努力を減らしてきました。そのため、世界各国は日本を軽視し、今や「ジャパン パッシング」という状態になっています。今、私たちが見て、知っているのは、日本経済を活発化するために世界中に原発を輸出する努力です。悲しいことです。ただ唯一の救いは小泉元首相が原発反対の声をあげ始めたことです。

以上、述べたことをまとめますと、

•       地方自治体の首長ははっきりとした地球温熱化を止めるための指針を示し、各公共機関は太陽光・太陽熱発電のパネルを、または、他の再生可能エネルギー開発のための投資をすべきです。公用自動車は全部ハイブリッドに切り替えなければなりません。

•       企業の経営者はあらゆる事業所におけるエネルギー節約と車、その他の車両による燃料使用量削減を打ち出し、エコ・イノベーションを表明すべきです。

•       学者、有識者、市民組織の代表は市民の意識改革に責任を持ち、啓発に努める要があります。今や個人や地方自治体の不便を理由に環境改善に反対すべきではありません。

•       政府や政治指導者たちの近視眼的な視野に基づいたエネルギー政策や無作為は許してはなりません。

 上記の提言は一刻の猶予もなく実行に移されなくてはなりません。人類の将来は、あなたのお子さんやお孫さんの将来は、私たちが何をするか、またはしないかにかかっています。私たちは座視しているわけにはいきません。

 ここは皆さんの覚悟が問われ、緊急な対応が求められているのです。

 

 

 

2014年1月27日月曜日

大気超温熱化 2

 地球上の全生命を脅かしているこの大問題は、私たち全員が真剣に検討し、手遅れになる前に、解決法を見つけないといけません。
 ズバリ言って、大気中のCO2濃度は毎年平均1.9ppmの割で増加しています。大気温暖化について、今や、圧倒的な意見は、それが人間の活動によって引き起こされ、悪化しているということです(国連 IPCC第4次レポート)。でもまだ、「それは自然現象で地球は暑くなったり、寒くなったりを繰りかえしているのであるし、確固とした証拠がない」と言い張る学者も居ます。でも、私たちは生活上の実感として、最近は異常気象だ、何かがおかしいと肌で感じています。結果として穀物が不作となり、世界中で物価が乱高下しています。そして、世界中至る所で自然と人命が損なわれています。ですから、そういう学者は、全体的なものの見方ができず、目先の事象にとらわれる人たちです。こういう学者は相手にしていてはいけないと思います。
現在どの位のCO2が溜まって、地球を暖めているのでしょうか?それは年間1.9ppmの増加ですので。それを重量に換算すると152億トンにもなります。また、近代では、すごいスピードでCO2が蓄積しつつあります。問題は200年前の産業革命を境に起き、それまで歴史上1万年かかかった100PPMの蓄積が過去200年余で増加してしまったことです。これは過去60万年間になかった前代未聞のできごとです。産業革命以前の空気中の二酸化炭素濃度は280PPMでした。これがその後の200年間で381PPMに増えてしまいました。これを重量に換算すると8100億トンにものぼります。つまり、産業革命以来の石油、石炭(化石燃料)に頼るわたしたちの生活様式、工業化が原因で、いかに大量の化石燃料を消費しているかということがお分かりいただけると存じます。
 アメリカのコロンビア大学、ナサ ゴッダード研究所のジム・ハンセン教授の計算によりますと、全世界でCO2の年間排出量は275億トンにのぼります。毎秒872トン(49.6万立方メートル)排出されている計算ですね。 このうち、海や土地に吸収される量が排出量の約60%=165億トンですので、それを差し引きますと、CO2の大気中蓄積量は110億トンとなります。CO2現在の濃度は380ppmで、これが2ppmという具合で毎年増加しています。つまり、あと10年でCO2濃度は400ppmに到達します。これが450ppmになると取り返しのつかないことになるであろうといわれています。年間2ppmという割合で放出して行ったら、後何年で450ppmに達するのでしょう?
 二酸化炭素は海と森林に吸収されていると申しましたが、その能力減少の危険があります。現在の状態が放置されると、2050年頃には海は二酸化炭素の含有量が増えて酸性化します。そして吸収能力は低下します。従って、森林と土壌は吸収するより放出が増えだすのです。ですから、私たちは今から
放出量を80%位と大幅に減らす要があります。いい加減な削減では我々の生命が危ないのです。安倍政権は温室効果ガスの排出量を2020年までに2005年比で3.8%減とする新たな目標を決定しました。昨年、政権の座を追われた民主党の前政府は、排出量を1990年比で25%削減するという野心的な目標を掲げていました。一体日本の政治指導者は何を考えているのでしょうか。2050年にはあなたは何歳になっているのでしようか?あなたの子どもは何歳でしょうか?その時、地球の温度はどの位上がっているのでしょうか? 今すぐ80%くらい減らす覚悟と行動が必要ではないのでしょうか?私は、人類はもう待ったなしの時点に追い込まれているような気がしますが、これは私の杞憂でしょうか?




2014年1月10日金曜日

大気超温熱化 1


最近では朝おきてテレビのスイッチを入れると、まず耳に飛び込んでくるのは、世界各地で起きている「異常気象」のニュースと言っても言い過ぎではないと思います。日本でも、大雨、がけ崩れ、突風、竜巻、大雪、等一年中話題と悲しみを提供してくれています。

今や春、夏、秋、冬と言った温帯での季節感がすっかりなくなり、暑すぎたり、寒すぎたり、降りすぎたり、全然降らなかったりというような状態が当たり前となっています。

こういう気象状態、すなわち、異常気象を引き起こしているのが「大気温暖化」現象です。それが今や地球上の全生命の安全を脅かしています。そして、この大気温暖化の原因は「私たちの生活と経済活動」に他ならないのです。私たちの考え方と行動が原因です。ですから、大気温暖化を防止し、人間の生活を昔のように安穏なものにするためには、そして私たちの子や孫の生命が安全であるためには、私たちが現在の行動様式と考え方を根本的に改めなければなりません。

一言で言いますと、大気温暖化とは私たちが化石燃料をふんだんに使っていることによります。その消費量は増え続け、その消費のもたらす悪影響は今や大気温暖化などという生易しいものではなく「大気超温熱化」と呼んでも良いほどのものになっているのではないでしょうか?

 大気温暖化とは異常気象・熱波・気候変動・旱魃・淡水不足・大洪水・海水位上昇・氷山、氷河の融解、それらの結果として穀物不作・穀物価格高騰・飢饉、生物種絶滅などを意味し、これらが具体化しつつあることを意味します。

 国際社会では、国連の政府間気候変動パネルとアメリカ元副大統領のアル・ゴア氏はこの問題を取り上げ、世界中の人々に訴え、2007年度のノーベル平和賞を授与されています。

世界中のマスコミがこの問題を取り上げ、心ある学者たちから地球の将来にかんする警告が発せられているのに、我々日本国民は何をしてきたのでしょうか?

我々は何も考え、なにもしていないのではないでしょうか? 誰かが問題解決をしてくれると思い込んでいるのでしょうか?日本の国民は、サマータイムはいや、風力発電は見た目が悪いからいや、地熱発電は温泉が止まるからいや、生活を切り詰めるなんてとんでもないなどと考えているみたいです。政治家はCO2を排出しない原発を推進すれば良いではないかと、目先の利便確保にのみ必死です。みんな自分勝手で、後に続く若い人たちのことなんか考えていないように思えます。

地球上の全生命、特に自分の命は、そして、自分の家族の命は自分で守らなくては!と思うのですが、貴方はいかがでしょうか?

 

 

2013年12月3日火曜日

原発ホワイトアウト

 現役の官僚が原発について書いたという「原発ホワイトアウト」という小説が巷で評判になっている。ホワイトアウトというのは白色の修正液(固有名詞)である。つまり、間違った字句を修正し、その上に書き換えることを可能にしてくれるものである。テレビ番組の説明では、著者は原発に関する情報を入手できる人で、自分の知る情報または同僚から入手した情報に基づいて書き上げた小説であるそうで、いかに原発を巡る情報が恣意的に歪曲されているかを示すものだそうである。そう聞くと、これは買って読まなければならないかなと気になるが、同時に、今の経済界、政界、官界の動きを追っていると「さもありなん」という気になる。結局、我々は誰でもきれいごとを並べて自己主張するが、その主目的は自分の、または、自分の属している団体の擁護であり、権益の擁護である。そのために、知られたくない情報はできる限り隠匿し、発表しなければならない情報にはホワイトアウトを使用する。同時に、国民には、「政府」の発表は信用できる、「お上」は頼りになるという印象を植え付ける努力は怠らない。国民の大半は、少なくとも今までは、国家や国民に関する問題について考えることはお上に任せてきた。でも、ここにきて、教育委員会といじめの問題、都知事の返答、ミノモンタの降板や諸外国での指導者たちが抹殺されている情報などに次から次に接しているとお上の発表は簡単に鵜呑みにはできないという気になっている。この問題にはあちこちで「ひび」が入り始めているようである。お人よしの日本人もだんだんに目覚めてきているような気がする。

 そこに持ってきて「特定秘密保護法案」が衆議院で採択された。これは国防や軍備に関する情報の保護だというが、戦争中の日本における言論統制を思い返すと、また、世界各国で行われている様々な報道管制やそのやり方を見ると、背筋が寒くなる。このような法律が成立する時点では、いかにも無害に見えるが、時間が経つにつれて法律の字句が拡大解釈されて息苦しい社会になるのが恐ろしい。そうならない様にするのには国民の一人ひとりが意識を高め、基本的人権を守るという覚悟が必要だ。

 大人たちが自分の将来をお上に託して目先の「収入」に気を奪われるのは、自分の責任においてすればよいのだが、心配なのは、今福島原発の後遺症として頑是ない子どもたちが内部被曝または胎内被曝に曝されているということだ。聞くところによると、福島あたりでは奇形の植物や昆虫、動物が頻繁に目につくということだ。これらに関する報道が少ないのはもちろんだが、放射能が胎児や幼児に対して脅威であるという報道になるとそれは皆無である。地方自治体も避難した人たちの帰還を促進するのには急だが、子どもたちの健康を保障する、安全を守るという手段については寡黙であるようだ。

 政府は経済活性化のために原発再稼働を推進しているが、廃棄物処理の方法を明示できない限り、また、放射能による内部被曝、胎内被曝の問題を解決できない限り、再稼働は無責任と断言できる。今や、私たちは、子どもの将来を守るため、彼らの健康のために、小泉元首相の「原発ゼロ」に同調し、日本国民の健康のために立ち上がり、声をあげるべきではなかろうか?

みなさんのご意見はいかがなものだろうか?お金のために原発再稼働を容認するか、それとも、少しは自分の生活程度を落としてでも子どもたちの健康や将来のために「原発ゼロ」運動を小泉さんとともに推進するべきだろうか?
これは大変に重要な問題であるのでここはよく考えて頂き、日本と子どもたちの将来のために手を打つようお願いしたい。

2013年11月17日日曜日

虚偽表示


 日本人の金儲けに対する執着がこんなにあるのかと、改めて思い知らされたのは最近の「虚偽・不当表示」に関する報道によってだ。殆どの関係者は口を揃えて「騙すつもりはなかった」といっている。当人たちは何とでも言える。やりきれないのは、無邪気に騙されて高い料金を払わされている消費者だ。なんとしても恐ろしいのは、みんな嘘をつくのが日常茶飯事になっているということだろう。昔から、官僚は自分たちに都合の悪いことは言わないということはよく知られている。政治家の話はどこまで信じて良いのかわからない。今度は経済に従事する人たちだ。一流のホテル、百貨店、レストラン、おまけに楽天だとかJR北海道など加えると、嘘を言わない人の数はごく少数ということになる。これでは、国際社会で日本人は「嘘つき人種」とレッテルを貼られてしまうだろう。

悲しいのはこれが「日本文化」だとすると、日本に将来はないと結論付ける人が圧倒的になるだろうということだ。誰も信じられない、自分も信じられなくなる。日本の将来も信じられない。「正直の頭に神宿る」とか「朋友相信じ・・・」などは死語になり、他人を騙すことが日常茶飯事になってしましい、後に残るのは砂漠のような荒んだ心だけだ。これでいいのだろうか?良いはずはないよね。

良くないとすれば、何をすれば良いのだろう。先ず、科学万能で、目に見えることのみ信ずるという現在の「教育」のあり方を根本的に変える必要があろう。そのためには、文部科学省の人づくり教育を徹底的に洗い直す必要があろう。人の親は今までの「神」不在の子育ても見直さねばなるまい。宗教家をもって任ずる人たちは「重大な局面を迎えた」とて立ち上がるべきだ。庶民は、グローバル経済に振り回されている自分たちの生活を、「金ではなく」、愛と信頼に基づいたものへと変換させていかねばならない。先ず、経済発展のためにはエネルギー確保だ、そのためには原発も推進しよう、化石燃料も確保しようという方針は改めるべきではなかろうか。これを続けていれば大気温暖化・異常気象はどんどんと進むし,子どもたちの将来の安全を保証することもできなくなる上に、我々の騙し合いにも拍車がかかってくるだろう。

とはいっても、政治家は経済発展一本槍だろうし、役人は簡単には動くまい。日本を良い方向に変えるためには、各家庭がそれぞれ愛と信頼に基づいた子育てを実践するしかない。そのためには、お母さん方の自覚と想念転換を祈るしかない。女性がその気になれば世間は変わる,子どもたちも立派に育つ。国際社会における日本に対する信頼性もましてくる。

女性よ、お母さま方よ、頑張れ!日本の将来はあなた方が握っている。

2013年11月4日月曜日

人生とは


 「人生とは遠き山に登るが如し」と昔の人は言った。目的地に到達するまでには一歩々々歩み、様々な経験を積まねばならない。楽しいこともある、苦しいこともある。絶望することもあるだろう。今の世の中では、ともすると、良いことなんて一つもない、私は不運だ、俺は駄目なんだ、世界の終焉も近い、というような否定的な考え方に取りつかれてしまいがちになる。

何なのだろう、人生とは? それは毎日の出来事を個人的に経験することに他ならない。その毎日の出来事を肯定的に捉えるのか、否定的に捉えるのか、または、あるがままに受け止めるのか、それとも、自分の思う通りにさせようかと思うことによって、個人の人生に対する反応は随分と違ってくる。例えば、個人的には耐えきれないと思うような経験でも、それは「将来への教訓」と受け止め、その教訓を生かし、将来へのジャンプ台と解釈すれば、そう悲しむこともないだろう。更に、失恋だって、本人がもうこの世の終わりだと思い込むだけで、まさに執着に振り回されているに過ぎないのではなかろうか。神様から「あなたにはもっと素晴らしい人が別にいるよ」とささやかれているのかもしれない。

私達は不完全な世の中に、不完全な人たちに取り囲まれて生活している。そのため、私たちが経験することは殆どが「傷もの」である。この世の中には完全無欠のものも完璧な人間も存在しない。だから、何を経験しようと、焦れたり、怒ったり、がっかりしないことが肝要だ。すべてをあるがままに受け止め、受け入れよう。要は、私たちが、自分の規範に則って人間は、「かくあるべきだ」と決めつけず、他人を裁かず、みんな違う価値観や行動規範を持ち、自分や自分たちの利益を守っているのだと理解すればよいということだ。他の人はみんな自分以外の人を裁き、決めつけていると理解すればよいのだ。自分の経験を教訓にして、それをバネにすれば良いのだ。そうすると飄然と生きることができるようになる。

いやな経験でも、それは瞬時に過ぎ去っていく。それに囚われないことだ。囚われると、目先の問題に振り回され、自己否定をし、ウツになりがちだ。世の中に永遠に続くものはない。楽しいこと、いやと思われること、すべてが瞬時に起こり過ぎ去っていく。そういう精神的、肉体的な経験がすべて瞬間的であり、それらを経験しているのだと認識すればよいのだ。それ故、人生というのは瞬間的な経験の連続であり、その経験をどう活かしていくかにかかっていると言えよう。あなたの人生とはあなたが経験するものをどういう風に受け止め、それをどういう風に自分の人生の夢を実現するために応用するかにかかっている。

自分の利益実現のみに専心し、他の人の考え方や価値観を排除する生き方と、他の人々との共存共栄を考え、周りのすべてのものや生物に思いやりをかける生き方の間には大きな差がある。更に自分は「生かされている」と認識し、すべてに感謝し、謙虚に生きようとすれば、そこには、ウツが入り込む隙間はない。結局は、人生とはあなたがどのような解釈と判断を下し、いかにして自分の経験から得た教訓を「自分の人生の目的」達成のために使うかにかかっているといえよう。

さあ、あなたはどのような目的と生き方を選ぶのかな?

2013年10月20日日曜日

国際ガールズ・デー


10月11日は「国際ガールズ・デー」でした。国連事務総長はメッセージを発表し、「女児のエンパワーメントを図り、その権利を保障し、女児が受けている差別と暴力に取り組むことは、人類全体の進歩に欠かせません。女児が当然受けるべき教育を提供することは、こうした目標すべてを達成する最善の方法の一つです」と述べています。

全くその通りで、世界から暴力や偏見、差別を取り除こうと思ったら、人類は先ず世界中の女児が何の心配もなく教育を受けられるように図らなければなりません。先ず初等教育、次いで中高教育、そして大学レベルの教育と、現在みられる男女間の教育に関する差別を除去し、知識の習得だけではなく、ありとあらゆる「いのち」に対する思いやりや愛すること、助け合うことなどを特に女性に習得してもらうことが必須です。女性の本質、つまり、母性本能は、「愛すること」=「恕す(ゆるす)こと」に他なりません。つまり、この「恕す」という字が示すように、女性の本来持っている思いやりの心と優しい言葉は世界平和達成には欠くことのできない要素なのです。教育はそれを自分だけのためでなく、ほかの人々や生きとし生けるのものにも及ぼすように教えてくれます。

昔から言われているように、「男性に教育を与えても、成果はその男性に限られるが、女性の場合は、それが家族、自分の子どもたち、地域社会全体に及ぶ」のですから、女児が教育を受けければ、男性に比べて、その成果は、そして、世界平和への寄与は数十倍となります。

パキスタンのマララさん(16歳)が今年のノーベル平和賞の候補として取りざたされ、惜しくも受賞を逃しました。女性の教育推進の立場からすると残念です。でも、マララさんがかって国連でのスピーチで述べたように、「教育は武器よりずっと強力」なことは明らかです。特に、女児に対する教育は。

各国政府は男女の差別のない教育普及を誓っていますが、いろいろな文化や伝統の中では、それは簡単には実現できていないのが現実です。初頭教育に関しては、MDG目標のもとかなり進展を見せましたが、中高校教育や大学教育では心さみしい限りです。途上国政府任せや男性任せでは世界平和の樹立はほど遠いものです。皆さん、世界の女児に対する教育支援を盛り立てましょう。世界で一番教育の普及している日本、私たちの声を国際社会に届けましょう。積極的に女性の教育のために募金し、努力しましょう。

私たちNPO 2050も途上国の女児支援を世界平和確立のための三本の柱の一つにして活躍中です。私たちの経験でも、女児教育の成果は立証済みです。皆様のますますのご支援とご鞭撻を心からお願いする次第です。