5月3日は憲法記念日である。最近国内では憲法を変えようという声がひときわ高い。総理大臣をはじめとして政治家の中に、現在のアベノミクスが日本の金融界・経済界にいくらかインパクトをもたらしたので、これを期に憲法改正に持ち込もうという機運が満ちてきているように感ずる。そして、「まず」改正のために必要な国会議員の3分の2以上の賛成が必要とされている96条の条項を改め、それを2分の1に下げ、改定を容易にしようという議論である。国民の大多数は憲法改定に賛成していないか、慎重であるとの報道が先日流れたのであるが、この「憲法改正を容易なものにする」という手続き論には慎重に対応し、わが子、わが孫が20世紀前半に日本国民が舐めた苦悩を再現しないようにしなければならない。
だいたい、憲法手続き改正推進の議員たちの論理は欺瞞に満ちている。憲法改定に賛成の議員は、日本は自衛権・交戦権がないばかりに近隣諸国からなめられているというような発言を盛んにしている。彼らの真意は、日本は自国を自分の戦力で守れなくてはならない、交戦権も持つべきだということではなかろうか。問題は、この人たちは戦争がいかに悲惨なものか、いかに多大な犠牲を国民に強いるものかを知らない世代に属していることだ。
日本の憲法は世界でも稀な「平和憲法」である。それは戦争の放棄と戦力の不保持という永世平和を定めるものである。ところが、現実には、日本は戦争の放棄をしているが、世界でも有数の戦力を保持しているし、総理大臣が口にしているのはこれから軍事予算を増額するということである。そして、一部の議員さんたちが欲しいのは「自衛権」と「交戦権」だ。それらを入手するために、憲法を変えよう、まず96条から、と言っているのだ。この人たちの目的は国会議員過半数の賛成で容易に憲法を変えられるようにしようということだ。
本来国会議員というものは国民の代表であり、代弁者のはずである。ところが最近の政治家たちは国民の利益を考えて発言するという面が希薄で、自分たちが属するグループの利益や権益を守るという傾向が強い。国民の方はというと、自分たちで日本の将来を決めるために何をするかなどの問題はすべて「お上任せ」という感じで政治そのものを真剣に取り扱わないし、自分たちの将来を案ずることも少ない。
以上、簡単であるが、憲法記念日に当たって私の危惧することを述べた次第である。皆さんはどう考えるのだろうか?どう反応するのだろうか?本当に簡単に憲法改正ができるようにするのか、ハードルを高く設けた方がよいのか?
良く考えて、自分たちや日本の将来をどうするのかという結論を導き出して欲しいものである。
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