2012年1月18日水曜日

2012年の初夢



悪夢の2011年が過ぎ、新しい年がまわってきました。皆さんはどのような「初夢」をご覧になりましたか?私の場合は、目覚めた時に、「ああ楽しい夢だったな、正夢であって欲しい」と思ったことは覚えていますが、数日過ぎて、その夢について書こうと持ったときには、もうどんな内容の夢だったかは忘れてしまいました。
初夢も宝くじを買って「当たったらあれを買おう、これもしよう」と一時的な夢にふけるのに似ているようです。一時的にせよ、それが本人の気持ちを少しでも高揚させ、「どうせ、当たりっこないけど、万一あたったら自分の夢の実現が実現できるよな」と思うだけでも使ったお金や時間の価値はあるのではないでしょうか?私の場合は「三億円当たれば、それで途上国女性の為の奨学金の資金が出来る。そしたら引退しよう」なんて考えています。初夢もお正月に今年こそはあれをしよう、これも成し遂げようと考えていることの個人的な願望の現れであるのかも知れません。
閑話休題。人はみんな夢をもっています。自己実現であったり、仕事上の大目的であったり様々です。大切なことは、それぞれが持っている夢が少しずつでも実現することです。毎日の努力が要求されます。そして、その夢が自分だけの為ではなく、他人さま(ひとさま)の為であったり、気の毒な人、恵まれない人、途上国で貧しさの余り苦吟している人々の為であったりした場合、その夢は単なる夢に終わらず使命感になります。
一般の市民の場合、我々の持っている夢はたいてい内向きで、自分の事や家族のことに向きます。これは当然なことで、私たちは先ず自分たちの生活や考え方を第一の目標にします。自分たちの生活が確立できてこそ他人さまのことが考えられますから、自らの生活を確立する必要があります。その後、思いやりとか分かち合いという精神構造や文化が生まれてきます。幸い日本にはそのような文化に恵まれています。昨年三月以来、日本中の人々がとった行動はその典型的なもので、世界の人々から賞讃されています。でも、私たちが忘れてはならないのは、日本以外の様々な土地で非常に多くの人々が異常気象の犠牲になっていることです。これらの人々は例外なく貧しく、自助努力の知識も術も持ち合わせません。彼らは私たちの差し伸べる手を一日千秋の思いで待っています。
2012年は「思いやり」と「分かち合い」の年にしませんか?自分の出来る範囲内で、助けあうのです。地球規模での助け合いが徐々にでも広がっていけば、世界平和は夢ではなくなります。今までは余り発言をせず、行動も控えめであった主婦、女性たち、お母さんたちが発言をし、行動を起こす年が2012年です。女性たちの声が政治や社会に反映されれば、世界は平和に向かいます。子どもたちの将来も安全なものになります。その為には、私たちの将来を決定するようなことは、今までのように、男性、政治家、企業家、役人に任せっぱなしではいけません。女性の声が尊重されるべきです。
地球の総人口はついに70億人に達しました。これから世界中の人々の為にどうして環境を保全するのか、食糧を確保するのか、水はあるのか、世界的な感染症に対処するのかなど大きな問題がわが子、わが孫の前に立ちはだかっています。
資源の乏しい日本はこれからこのような大問題に振り回されるでしょう。2012年は我々日本人が何を考え、何をするかによって、世界が危機的な状態に向かうのか、それとも、希望と夢の持てるものになるのかの分かれ道です。
どうぞ、2012年は皆さまの夢が実現するものであることを祈ります。

2011年1月19日水曜日

国連平和維持活動について


 年末から新年にかけてニューヨークで過ごしてきた。その間、国際社会での日本の貢献度、それに対して日本政府が受けている評価、国連の平和維持活動に対する協力など、関係各位と話し合う機会を持った。
 国連平和維持活動(PKO)については、ズバリ言って、日本の積極的な関与が期待されている。ここ数年来、自衛隊派遣や後方支援などは、その活動の範囲も数も増えてきてはいるが、日本は国際社会の期待に十分に応えているとは言い難いようである。
 自衛隊の派遣には「国連平和維持活動等に対する協力に関する法律(法律第79号)」によって規制されている。更に、憲法9条に抵触するのではないか、派遣した人の人命に対する危険はないかなどの考えが絶えず見え隠れしている。そして、それが日本の国連平和維持活動に対する協力を及び腰にしていることは否めない。
 最近では、国連平和維持活動はアフリカで展開されることが多い。それも、道路網が発達せず、空港も鉄道も整備されていないような場所や国である。一旦火の手が上がったら国連平和維持部隊は速やかに活動を展開することが要求されるが、そのような場所では車も鉄道も航空機も役立たずである。唯一役立つのは、そして、不足しているのは、国連平和維持部隊が迅速に行動できるためのヘリコプターということである。何故に国連平和維持部隊にはヘリコプターが少ないかというと、平和維持部隊を国連に派遣しているのは多くの場合開発途上国の政府で、兵隊は派遣してもヘリコプターまでは手が回らないというのが現状である。それが国連平和維持活動の十分な、迅速な活動の妨げになっているとのことである。
 そこで考えられるのは、日本が国連平和維持活動に対してヘリコプターを提供することで、国連平和維持部隊の活動を助け、多くの人命を未然に救うとことである。ヘリコプターを提供することは「物資協力」であり、自衛隊を派遣するのとは訳が違う。武器を輸出することでもない。日本人の人命を損なうこともない。その上、国連加盟国から感謝され、称賛されることは間違いない。
 日本の繁栄にとって、国民の将来にとって、世界平和は必須の条件であり、国連平和維持活動に協力するのは世界でも有数な富裕国、日本にとって「なすべきこと、せざるを得ないこと」である。それ故、今一番求められているヘリコプターを供与又は貸与するのは時宜を得ているし、国民にとっても素直に納得できるものであろう。国民の皆さんと関係者の前向きな考慮を願うものである。


2009年10月12日月曜日

世界は変わる、新しい時代をつくろう

わが国では民主党が政権をとった。新しいビジョンが国民に、そして、国際社会に示された。鳩山首相の国連での演説を途上国は歓迎し、日本は国際社会でしばらく放棄していた指導力を取り戻しつつあるように見受けられる。アメリカもオバマ大統領がさまざまな新しい政策を導入しようとしている。特に、国民健康保険の導入に関する賛否両論はアメリカの世論を二分しているが、既得権を持つ人々の声が貧しい人々の基本的人権を損ねることなく、すべてのアメリカ国民が健康で、安心して住める国になって欲しいものである。更に、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞は新しい時代の到来に対する期待を示すものであろう。
 さて、ここでわが国の将来に責任を持つ人たち、つまり政治家に注文したいことがある。それは、政治家は日本国内の問題のみを考えることなく、短期的な視点を持つこともなく、日本と世界の将来に目を向けて「まつりごと」を行って欲しいということである。つまり、冗費の節約は良いが、日本と世界の平和に向けての投資は増やすことはあっても削ってはならないということである。
 ODAは世界から貧困や不平等をなくすための最高の投資であり、いままでの日本のODA貢献は最近の減額にも関わらず国際社会から依然として高く評価されている。      
貧困や不平等のない世界は平和な世界である。貿易国日本にとって世界が平和で、各国が日本に友好的であることは日本の繁栄にとって欠かせない条件である。そういう条件つくりにとって必須で効果のあるものがODAである。国際社会ではODAは国内総生産の0.7%にしようと約束している。しかしながら、現在の日本はわずかに0.2%しか拠出していない。この数字は「吹けば飛ぶ」ような小さな数字である。防衛予算のわずか20%にしか当たらない。日本の将来のため、世界平和のために、この数字を少なくとも当面0.4%にまで増額して、日本の存在感を国際社会で示して欲しいものである。

2009年4月18日土曜日

シルクロード緑化活動  




           
 4月7日から一週間にわたって、黄土高原でのシルクロード緑化活動の一環として、8名のボランティアとともに陝西省楡林市へ行ってきましました。全員が60代、70代、80代というシニアーたちで、それぞれ環境問題解決のために情熱を燃やしている人たちです。
 この活動は国土緑化推進機構の支援をうけて、楡林市のはずれに広がる黄土高原で年々15ヘクタール緑化して、土壌流出、黄砂などを防止し、同時に、地中の水分を確保しようという目的を持っています。更に、農民たちが自主的に緑化活動に取り組むように、整地・植林・植林後の管理に対して一定の「管理費」を支払い、農民の収入と貧困撲滅への道を開いているものです。植林には中国の在来種、沙棘を選びました。沙棘は乾燥や寒暖の差に耐え、根を広げて土をおさえる上に、空中の窒素を地中に取り込んでくれるという有難い樹です。植林後4-5年で実がなり、漢方薬やジュースの原料として農民が採集して売却できます。
 植林活動そのものは昨年の10月から11月にかけて、農民たちが自主的に135ヘクタールと、目標の15ヘクタールを遥かに超える植林をしました。従って、私たちは活着しなかった苗木を補植することと、懸案である「農民の苗木基地」を作るお手伝いをするつもりでした。ところが、現地に到着してみると昨年の植林以来一滴の雨も雪もふらず、大変な旱魃だというのです。なるほど現場を見ますと完全に乾燥しています。水不足が恒久的な黄土高原ですから、補植するにしても一雨降ったあとでなければ駄目だということになりました。更に、あと三ヶ月旱魃が続けば植林した沙棘は全滅するだろうとのご託宣もありました。全員思わず天に向かい手を合わせて「どうぞ降雨がありますように」と祈りました。すると、その晩、なんと、小雨があったのです。更に、その翌日には夜分に雷雨があり、たっぷりとお湿りをいただきました。私たちの祈りが通じたのです。私たちの泊まっていたホテルがたまたま「天佑大酒店」という名であったことから、これこそ天佑神助だと大喜びをしました。
 補植という作業が後回しにされたお陰で、私たちは毎日急坂をよじ登り、あちらの山、こちらの山と、毎日10キロほど歩いて、昨年、一昨年に植林をした地域を丹念に調査することができました。そのため、最期に政府の代表,農民の代表たちと会合を持ち、問題点を煮詰め、今後の活動のために解決策を合意することができました。結果として、全員満足して帰国ができました。
 今回の植林旅行のお土産は、足腰が丈夫になったことと、お腹の周りがベルトの穴一つ
縮んだことです。

2008年9月16日火曜日

有機農法について




今年の8月末、アメリカ ペンシルバニア州にあるローデル・インスティテユートを訪問する機会を得た。ここは長年にわたって有機農法や不耕起農法を実践し、化学肥料・農薬を使わぬ有機農法と、使った在来の農法を同時に比較研究もしている。そこで目にするのは、有機農法による作物は、化学肥料や農薬を使ったものより、はるかに生命力があることである。土地が肥えている、炭素分そして水分の取り込む量も多いということである。
 大気温暖化が止まることなく進行し、石油の枯渇が語られ、化石燃料の値段や食糧の価格が高騰してくると、化石燃料依存の現代農法には限界が見えてくる。農業のみならず、貯蔵も、流通も、販売も化石燃料依存体質から脱皮しなければ将来がないといえよう。
 そうなると、私たち一般市民が心得なければいけないことは、これからは、有機農業の時代になる、いや、ならざるを得ないということである。更に、「地産地消」ということである。有機農法による作物は値段が高いから敬遠するというのは通用しなくなる。何故なら、今のままでは、穀物も野菜も石油の値段に引きずられて高値を付けていくことになるからである。有機農法による作物は「いのち」を与えてくれる。消費者はより健康になる。地産地消は運送に、販売に、ガソリンの消費が少なくて済むという利点がある。そして、何としても、二酸化炭素削減に寄与する。
 今のままでは、遠からず、異常気象や穀物の燃料への転用、「利益の拡大」に追い立てられる人心の荒廃などで、世界的な水不足、穀物価格高騰が訪れよう。途上国の貧困層では餓死する人が出るであろうし、国際社会では、先進国に更なる国際支援を要請するであろう。我々消費者も家庭菜園などで有機農法を実践し、有事に備える必要があろう。

2008年6月20日金曜日

脱化石燃料社会

 大気温暖化が日常語となった。先月の横浜会議における福田首相の活躍によって、日本もアフリカ開発支援と大気温暖化防止にようやく本腰を入れて取り組むかのように見える。あと数日で洞爺湖G-8会合を迎える。そこでの大きな議題は言うまでもなく大気温暖化である。
 大気温暖化とは、単に大気の温度が上がって異常気象を世界中でもたらすことだと受け取っていると、禍根を後世に残すことになる。世間では大気温暖化のもたらす諸問題を比較的安易に受け取っているのではなかろうか? それは淡水不足、干ばつ、食糧難、水害、デルタ地帯の水没、環境難民の大発生、生物種の絶滅などを意味するのであって、私たちの子どもや孫の生命の安全を脅かすものであると明記したい。今すぐに脱化石燃料社会への布石をしないと、私たちは子や孫に合わせる顔がなくなる。そして、私たちが取るべき手段は思い切ったものでなければならない。
 6月18日の日経新聞の報道によれば、フランス政府は「温暖化ガス排出を大幅に削減するための包括的対策に乗り出す」そうである。つまり、「2020年以降に建設する一般住宅を含むすべての建物に太陽光発電など再生可能エネルギーによる発電装置の設置を義務付けるほか、同年をメドに石油、石炭など化石燃料の発電所での使用を事実上ゼロにする」というのである。そして、洞爺湖サミットで、地球温暖化の国際交渉で主導権を握る考えであるそうだ。
 洞爺湖サミット主催国日本の国民は大気温暖化防止のために、何をする覚悟があるのだろうか?相変わらず、サマータイムはいやだ、炭素税導入や二酸化炭素排出量取引は慎重にという様な議論に捉われて解決先延ばしをするのだろうか。今や問題は企業の利益が減るとか、経済の活性化が妨げられるというような問題ではない。子や孫の命に関わる問題なのだ。危機感をもって地球上の全生命の安全に取り組むという視点で対処すべき問題なのだ。国民や経済界が目先の問題のみにこだわり、子どもや孫たちの生命の安全を後回しにするとなれば、ここは日本の総理大臣が英断を下すべき時である。フランスの一歩も二歩も先を行く大気温暖化対策を打ち出し、世界の政治指導者としての福田さんの叡智と決断に期待したいものである。

2008年5月23日金曜日

大気温暖化について




 国連IPCCは「大気温暖化は人間の活動によって引き起こされ、悪化している」と述べ、元米国副大統領のアル・ゴア氏は迫り来る危機に警鐘をならし、様々な対策を提案している。そして両者とも2007年度のノーベル平和賞を授与されている。 しかし、私たち日本国民はその深刻さを実感しないが如く、高水準な生活を変えようとせず、なんらの危機感も示すことはない。すべて現状維持である。政府の打つ手は全て生ぬるく、決め手を欠いている。国際社会における討論でも、各国の国益と経済が最優先であって、先進工業国と途上国の間での責任論が声高に論じられ、人類の将来のための抜本的な対策はすべて先送りである。大気温暖化対策に関し、熱っぽい議論が戦わされるのは経済に対する影響であり、忘れ去られているのは、20年後、30年後に人類が直面するに違いない難局である。
 私どもNPO2050では、年3回それぞれ中国で緑化、フィリッピンで女性の自立支援のための活動を展開しているが、現地で実際に見聞し、体験するのは異常気象とそれが人間の生活に与える悪影響である。そして、実感するのは為政者の短期的な視野と無作為である。
 日本は洞爺湖G-8サミットを控えて、議長国としての指導性を発揮して大気温暖化対策を取りまとめようと努力中であるが、新聞の報道などを拝見すると、どうも「決め手を欠く」と言われかねないものばかりである。今、日本の政治指導者に必要なものは、少なくとも50年先を見通す「先見性」と人類の将来を安泰なものにするというビジョンである。過去数年間にわたって、国際社会の潮流に逆らって「ODA減額」を断行した日本はその信頼性を著しく失墜している。往時の信頼を回復するのは容易ではない。したがって、日本はG-8サミットにおいて、世界の将来の為に本気で取り組むという姿勢を明確に打ち出さなければならない。現在の化石燃料依存の経済のあり方を変えぬ限り、大気温暖化問題は悪化し、食糧難、水不足は避けられないことは明白であるので、日本の政治指導者は思い切った解決策を打ち出し、まず自らに課し、その上にODAを大幅に増額して、途上国と共にこの大問題を解決するという態度を明白にすべきである。国民は生活を切り詰め、政府の環境対策に全面的に協力しなければならない。学者や有識者たちは目先の議論のみに捉われることなく長期的な視野を持って国民の啓発に全力を尽くすべきである。人類の将来を安泰なものにするというミッションを明示することが、国際社会での指導性を確立し、信頼を回復する唯一の方法であろう。