2013年9月9日月曜日

二百十日


 今年も二百十日がやってきた。のろのろ台風を従えてやってきた。そして日本中に様々な災害をもたらし、人命・財産を脅かした。近年は異常な暑さ、豪雨、竜巻、水害や土砂崩れなどが恒常化し、日常茶飯事になってしまった。日本列島は熱帯の国に変わってしまったかと思うほど今迄の季節感の通用しない国になってしまった。以前に比べて、大気の温度も海水の温度も上昇し、沖縄あたりではサンゴが死滅し始めている。採れる魚も暖流に乗ってやってくる種類のものが多くなり、漁師や業者を慌てさせるようになっている。何にもまして、最近では「異常気象」が平常となり、人命や財産がどんどんと失われるのが目立つようになっている。

 そこで、このような現象に対して政府が何か抜本的対策を講じて、やがて来るであろう未曽有の大惨事に備えているかというとその兆候はない。聞こえてくるのは、「景気回復」と大気汚染や温暖化上昇の原因は化石燃料の使い過ぎだから、原発は廃止できないという声のみである。国民は収入や職の確保、生活の利便さを求めて、化石燃料や原子力に頼らなくても済むエネルギー開発には気乗りがしないようにすらみえる。

 明らかなのは、このような異常気象の原因はすべて私たちが作り出したものであるということだ。大気温暖化を防止しようと思えば化石燃料から再生可能エネルギー源に切り替えなければならない。我々が生活程度を引き下げ、電力、ガスの使用量を減らし、自動車に対する依存度を減らさねばなるまい。でも、「わかっちゃいるけど止められない」というのが庶民の言い分だろう。いくら私たちが大気温暖化防止を叫んで中国の黄土高原で植林をしてもそれは焼け石に水という感じだ。しかしながら、私たちの見聞と経験では、黄土高原で30年間にわたって植林し、緑化が進んでいる地方では、気候が好転しているという事実だ。年間降雨量が400ミリで乾燥していた地方が今や青々とし、降雨量が着実に増えているということだ。

 指導者がその気になり、国民に行くべき道を示せば、不可能なことはない。問題は指導者たちに将来に対するビジョンがないことだ。指導者や当事者が隠蔽と欺瞞に明け暮れていれば迷惑をこうむるのは一般の市民であり、幼い子どもたちであり、外国で私たちの不作為の結果に直面させられる罪のない人々である。日本の指導者たちは目覚めるべきだ。国民も少し自分の頭で考えて、生活を変えるべきだ。

少なくとも、自分たちの未来に「関心」を持とう。毎日のように「命」に悪影響を与える問題ついて関心を持とう。そして、自分たちが作り出したこの「温暖化」から派生する様々な問題に関心を持ち、対応しよう。

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